私は、学生時代に海外援助や異文化との交流に興味を持ち、海外ボランティアサークルに所属・主宰していたことがあります。といってもサークル活動の域を出ないものでしたが…。大学4年間で今回のようなボランティアのツアーに3回参加したことがありました。そのどれもが東南アジア(フィリピン2度、タイ・ラオス)だったので、今回中国に行かせて頂けるというお話を聞き、そこに立つ自分の姿を思い描くと仕事で行くのにもかかわらず、正直なところ胸が高鳴りました。
というのも、学生時代から知識として海外ボランティア活動や体験ツアーの一つに『中国での砂漠の植樹活動』というものが世界各国のNGO・NPO団体によって行われているのは知っていました。活動内容もとても楽しそうで、学生時代からいつかは行って見たいと思っていましたが、百花繚乱する団体から選択することは困難を極め、いつしか時が流れてしまった…という感じだったので、スマイルと緑化ネットワークが出会って私が中国に旅立つことが出来たのも、何か偶然ではないような気がしていました。
中国の砂漠と言えばタクラマカン砂漠しか知らない私にとって、今回活動を行うホルチン砂漠が一体どこにあるのか…。正直名前すら聞いたことがありませんでした。しかも着陸先の瀋陽は、日本で一時期話題になった脱北者駆け込み事件のあった場所だなぁ…くらいしか印象がなく、まさか中国東北部最大の都市であると同時に、あの満州国時代の旧奉天だったとは思いもしませんでした。やはり、現地に行くまでにある程度の知識を身につけてからじゃないと…と後悔もしましたが、瀋陽国際空港に到着するやいなやいきなりカルチャーショックを受けました。
中国元に両替をしようと両替所に向かうと、そこには集金に来た役人を警備する軍人さん2人に遭遇。その手には、散弾銃がキラリと鈍い光を放っていて、こちらをジロリと一瞥。日本でも警察官が腰に銃を保持しているのを見たことがありますが、空港内にも軍人がいる国に来たのは初めての経験で、ましてや散弾銃…。銃口を向けられて少しビックリしたとともに、中国にやってきたのを嫌でも実感する出来事でした。
内モンゴル自治区に向かうマイクロバスの車窓から広がる、大都会の摩天楼を見てビックリしました。通りの目抜き通りには車がひしめき、ショッピングモールには海外ブランドのお店が立ち並び、まるで銀座のようでした。社会主義国でありながらも、近年急激にここまでの発展をした国だからこそ(オリンピック景気があるところまで一緒です)、かつての日本のように環境問題や公害の問題が顕在化してきたのではないかと考えさせられました。そうした時代を乗り越えてきた先輩国として、その国に住む人間として何かお手伝いできることが出来たら…と道中思いを巡らせていました。
その一方で、現地に近づくにつれて広がる大平原と夕陽とのコントラストは、今まで行ってきたどの国とも違った印象を私に与えてくれました。どこまでも続く平野に少しずつ消え行く太陽は、広大な大地に照らされて一段と赤々と輝いていたような気がして、心の中に一枚の名画が時と共に描かれていくように感じられました。
海外でのボランティア活動は、一つ間違えると結局は現地住民の利益にならないままに終わってしまい、私たちボランティアに行った側だけの自己満足に終わってしまうパターンになってしまうことがあると、自分自身サークル活動を通して経験してきました。しかし、今回の旅では、現地日本人スタッフと、地元の人々との融和がとても取れていたと感じました。
緑化ネットワークの職員の皆さんの努力は勿論のこと、砂漠化を食い止める為に何かしてあげたいと頑張っている日本人を見て、砂漠化を何とかしたくても指をくわえる事しか出来なかった現地に住む人々も立ち上がっていて、また(彼らから見たら)日本から休みを取ってまでやってくる私たちボランティアの姿を見て、少しでも彼らを意識改革出来るような材料になっている。そして私たちは実際に砂漠に触れ、人々に触れ、1本1本木を植えることで、最終的には環境問題について−未来に向けて残していかなければならない地球−を、より身近に感じることが出来る旅になったと思います。
向こうで出会ったこども達の無邪気な笑顔を守るため(それがひいては地球全体のこども達の笑顔を守ることであるのは言うまでもありませんが)、スマイルの森が出来ていく過程を来年以降も一人でも多くの人に伝えていくのが、先遣隊として派遣された私の使命だと思っています。
今から来年を楽しみにしています。
スマイルこどもクリニック東戸塚院 宮ア直希